帰国子女というと、
「英語ができる」
「海外経験がある」 というイメージを持たれがちです。
でも実際には、
“学び方そのもの” の違いに戸惑う子も少なくありません。
わが家も、
中学受験を経て日本へ帰国したあと、
最初に驚いたのは「授業の受け方」の違いでした。
最初に苦労したのは “授業スタイル” だった
日本の歴史に不慣れ
海外の学校では
現地の歴史や文化を学ぶことが中心で、
日本史に触れる機会はほとんどありませんでした。
わが家は、
早々に補習校から学習塾へうつり、
国語と算数を中心に学習していたため、理科・社会の理解が追いつきませんでした。
そのため、帰国後はまず
「日本の歴史が分からない」 というところからのスタート。
周囲の子たちが
当たり前のように知っていることを、
一つずつ学び直していく必要がありました。
「ノートって取らなきゃいけないの?」
さらに子どもが驚いたのは、
日本の授業スタイルでした。
日本の学校では、
先生が板書した内容をノートへ書き写していきます。
でもうちの子は、
それを全くしていませんでした。
そして迎えた定期テスト。
当然ながら、
結果はなかなか厳しいものに。
本人がポツリと
「ノートって取らなきゃいけないんだね」
と。
私は思わず、
「え、今までどうやって授業受けてたの⁈」
と驚いてしまいました。
「ノートを取る」という当たり前のような文化を知らず、本人はかなりカルチャーショックを受けたようでした。
海外の 「参加する授業」 と、日本の 「聞き取る授業」
振り返ると、
海外の学校では、 静かに聞くというより
• 発言する
• 話し合う
• 自分で考える
という「参加型」の授業が多かったように思います。
一方、
日本の授業は
静かに聞き、
ノートに書き写し、
テストの前に覚えること
が重視される場面が多いのです。
どちらが良い悪いではなく、
“求められる力が違う” のだと感じました。

日本式の勉強に慣れていったけれど
子どもはその後、
いわゆる日本式の学習にも
少しずつ適応していきました。
気づけば、
日本の受験システムにもきちんと順応し、
大学進学までたどり着くことができました。
最初は、
日本の歴史そのものがほとんど分からず、
授業についていくのも大変でした。
でも不思議なことに、
大学受験を迎える頃には、本人は日本史が大好きになっていました。
最終的には、日本史を選択科目として受験するまでに。
あの頃、
「ノートって書かなきゃいけないんだね」
と言っていた子が自分なりに知識を整理し興味を深め、考えながら学ぶようになっていきました。
さらに今振り返ると、
書いたノートを何度も見返し、
目に焼き付けるように復習したり、 情報を頭の中で整理していく作業は、 決して無駄ではなかったと思います。
お気に入りの文房具を使いながら、
自分なりにモチベーションを上げて積み重ねた時間が、 結果的に大学受験を支えてくれました。
海外式の「考えて発信する力」と、
日本式の「聞いて理解を深める力」。
どちらか一方ではなく、
両方を経験できたことは、 今の本人の土台になっている気がします。

AI時代だからこそ必要になる「考える力」
最近はAIを使って、
大学のレポートや就活のESを書く学生も増えています。
一見便利な時代に思えます。
でも、最終的には、
自らの経験や考えから出る言葉の方が、圧倒的にスペシャルで説得力があります。
だからこそ今、
単なる暗記やAIの力だけに頼るのではなく、
• 自分で考える
• 自分の意見を持つ
• 違う価値観に触れる
そんな力がますます大切になっていくのかもしれません。
おわりに
帰国当時は、親子ともに戸惑いの連続でしたが、 今では「ノートを取らなかった事件」も笑い話です。
あの経験を通して、
学力だけではない、“学び方の違い”にも気付かされました。
帰国後の子どもたちは、
見えないところでたくさんのカルチャーショックを経験しています。
日本の文化でも「居心地がいい」と思えるその日まで、一歩ずつ進んでいけたらいいですね。
また、ノートの取り方や復習の仕方についても
後日書きたいと思います💡
今日も読んでくださり、
ありがとうございました!
Have a nice rest of your day♡



